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伊能測量隊の天体観測2
伊能測量での緯度の決定方法
象限儀で恒星の高度を測定しても大気差のため浮き上がって観測されます。忠敬さんは大気差のことを精蒙気と記載していて概念は知っていました。観測地の緯度の決定はこの大気差を除去しなければなりません。
第1次測量だけが、恒星の高度と赤道緯度(以降、赤緯)で、観測地での1恒星の緯度を求め、観測した全恒星の緯度の平均値を、その地の緯度としました。
第2次測量からは大谷亮吉が述べている比較法で、1恒星の緯度を求め、観測した全恒星の緯度の平均値を、その地の緯度としました。
1. 赤緯から緯度の決定方法
右画像の通り測量日記第3巻の巻末部分に赤緯を用いて緯度を決定したと記載しています。
【解読】
一、北極出地度の儀、泊々にて何れも象限儀を相用、恒星中の大星を擇み天気曇り見えがたき節は五、六星、晴天の夜は二、三十星も皆その地高度を測量仕、兼て測置候恒星赤道緯度を相用、その所の北極出地度を相求申候を一星毎に如此仕り、其の中取り候て、其の地北極出地度と相定申候。
「恒星中の大星」とは明るい星のこと、さしずめ1等星や2等星でしょう。
「兼ねて測置候赤道緯度」とあります。
緯度を求める計算式で赤緯は既知であることが条件です。
忠敬さんは麻田門下であるため、麻田剛立、間重富等の長年の観測データから、「儀象考成」に記載された赤緯に単比例で年差を補正し、使用したと推測しています。
赤緯(δ)での恒星の緯度(L)の決定概念図、および計算式は下記に通り象限儀での観測向きによって計算式は異なります。
測定値は象限儀で測った高度(h)で大気差を含んでいます。この式で計算することで大気差を完全には消去できませんが、実測録ではこの値が採用されています。
2. 比較法での緯度の決定
第2次測量からは各地で観測した恒星の高度と隠宅での観測値の差(極差)を取り、隠宅の緯度を加減して、緯度求めています。
極差を計算することで大気差をほぼ消去できます。高橋至時がこの計算方法に気が付き、第2次測量から採用したものと推測します。
2.1 初期の記録
測地度説地之巻 出だしの川崎宿、本郷村、富岡村までは極差の記載がありません。
測地度説地之巻 国立国会図書館蔵
測地度説地之巻出だしの川崎宿の観測値
βLeo,ししβ
γUMa,おおぐまγ
図 35度32分
赤字は決定値。計測機器の精度を考慮して、±15秒にまるめている。
川崎宿、本郷村、富岡村までは極差の記載が無い。
左画像の下方に「予深川実測相加減」
とあり比較法で求めたことを明記している。
2.2 横須賀村から極差が記載される
深川を出発して10日目の横須賀村から記載が変わり、隠居宅との極差(高度差)(1)が記載されるようになります。
(2)
南 23分20秒 象限儀を南向きで観測した星の極差
北 22分02秒 象限儀を北向きで観測した星の極差
(23分20秒 + 22分02秒)÷ 2 = 22分41秒
(3)南北平行差39秒
象限儀に取付けた望遠鏡のずれ 39秒(?)
「南減」とは南向の場合、観測値から39秒減算
「北加」とは北向の場合、観測値に39秒加算
以上の通り解釈しています。
(4)平等 35度17分49秒
観測視した12星(南8、北4)で決定した緯度の平均値
(5)図35度17分
平均値から39秒引算して横須賀村の緯度:35度17分とした。
2.3 第3次測量から更に記録の記載が変わる
北極高度測量記(第3次測量)の記載 金山村部分です。各恒星の緯度が記載されなくなります。
高橋至時から無駄な計算はするなと指摘されたと推測します。簡単な足し算ですが、計算ミスをする可能性もあるため、余計な演算の必要はありません。
3次になると、この画像の通りです。
(1) 1段目中国古星名
(2) 2段目観測値(高度)
(3) 3段目は隠居宅との極差
4段目の恒星での緯度は記載なし
観測地の緯度は観測した全恒星の極差の平均値を求め、隠宅の緯度を加算して(5) 38度52分30としました。
【注意】
(4) 「変南」とは、この地まで北上してきて、象限儀を北向で観測していた「織女」が90度(天頂)超え南向きに観測したことを示しています。
計算式は以下の通りです。
2.4 比較法の計算式
観測地の緯度:Lata
観測地の高度:Alta (大気差を含む)
隠居宅の緯度:Lat0 (35 度40分半)
隠居宅の高度:Alt0 (大気差を含む)
Lata = Lat0 + (Alta - Alt0) 隠宅より北の地
Lata = Lat0 - (Alt0 - Alta) 隠宅より南の地
極差部分を実高度と大気差に分けた式にします。
大気差:Refa (現地), Ref0 (隠居宅)
実高度:Alta0(現地), Alt00(隠居宅) 大気差を含まない
極差 = (Alt00 + Ref0) - (Alta0 + Refa)
極差 = (Alt00 - Alta0) + (Ref0 - Refa)
Ref0 - Refa ≒ 0 大気差が消去できる。
以下の式で、観測地での恒星による緯度が求められます。
★ 隠宅より南の地で観測した場合
緯度 = 隠居宅の緯度 - (隠居宅での高度 - 観測値) (式2.1)
★ 隠宅より北の地で観測した場合
緯度 = 隠居宅の緯度 + (観測値 - 隠居宅での高度) (式2.2)
★ 極差の例外計算
式2.1、式2.2の()内が極差になります。
隠宅で北向きで高度を測量、北上すると天頂を超え南向きに観測した場合、
および隠宅で南向きで高度を測量、南下すると天頂を超え北向きに観測した場合は以下の式になります。
極差 = 90 - 隠宅高度 + 90 - 観測値
= 180 - 隠宅高度 - 観測値 (式2.3)
目次
伊能測量隊の天体観測
緯度の決定方法
- 伊能測量での緯度の決定方法
- 1. 赤緯から緯度の決定方法
- (a) 観測対象の恒星が天頂よりも南側の場合
- (b) 観測対象の恒星が天頂よりも北側の場合
- 2. 比較法での緯度の決定
- 2.1 初期の記録
- 2.2 横須賀村から極差が記載される
- 2.3 第3次測量から更に記録の記載が変わる
- 2.4 比較法の計算式
隠居宅の緯度の決定
- 大西説
- 全恒星全図で確認
- 勾陳一では隠宅の緯度は決定できない
- 大気差について
- 勾陳一(北極星)の観測データ