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2017年8月9日伊能忠敬北海道測量記念公園 着工

 当サイトでも昨年の7月3日に掲載した記事
「伊能忠敬 北海道測量記念碑 建設基金 寄付金募集開始」
のその後であるが、いよいよ具体的に着工とのことである。
 寄付金が800万円も集まったとのこと、ありがたいことです。

 銅像の製作者は富岡八幡宮の「伊能忠敬銅像」を制作した彫刻家の酒井道久さんだそうで、デザインは「これから測量する蝦夷地に向かい、意気込みに溢れた表情」を目指しているという。
 富岡八幡宮の銅像は「これからの測量の第一歩」がテーマでワンカラシンを右手に持ってあるき出した姿であるが、今度は、具体的な測量が主題のようで、これも楽しみである。
 没後200年を記念するイベントも目白押しになった来たようである。

2016年11月13日「地球という星をつかめ 伊能忠敬」 テレビに登場

12/22  NHK-BSプレミアム コスミックフロントNEXT
「地球という星をつかめ 伊能忠敬」(仮題)が放映されます。
 地球の大きさを求めるため子午線1度のちひょうの距離を実測するため蝦夷(北海道)への一歩を踏み出した伊能忠敬は、寛政12年8月7日(1800.9.25)ニシベツ(現北海道別海町)に到着し、夜になり天測を、翌日は太陽の南中を測ったり、クナシリやネムロやノツケの方位を測量をしました。
 今回の放映ではこの天測のロケも敢行され、その状況や三次測量のとこの測量記録に基づいて忠敬の見た星空を再現しているそうです。
 

2016年7月3日伊能忠敬 北海道測量記念碑 建設基金 寄付金募集開始

 伊能忠敬が江戸時代に日本地図を作成するため全国の測量を行った際、測量隊の第一次蝦夷地測量が、実質的には北海道松前郡福島町吉岡からスタートしております。
 北海道松前郡福島町では、この歴史的偉業を後世に伝えるため伊能忠敬北海道測量記念碑を建設することになりました。
 そのため、「福島町伊能忠敬北海道測量記念碑建設基金」を創設して、没後200年となる平成30年に記念碑を建立することを目指し、全国の賛同者からの寄付金の募集を開始致しました。(マスコミでも報道済み)
 当「伊能忠敬e史料館」サイトに御寄り頂いたことは、伊能忠敬先生の偉業が導いてくれたものと信じます。その偉業を後世に語り伝えるシンボルとなるに違いない記念碑の建立を、皆様の浄財で確かなものにしていた抱ければとお願いする次第です。 

福島町伊能忠敬北海道測量記念碑建設基金をご覧下さい。

2016年6月22日1次測量蝦夷地上陸地点に伊能忠敬の銅像建立が地元の町議会で条例制定

 伊能忠敬の蝦夷地測量は、当初の計画では三厩から箱館に上陸する予定あったが、東風(ヤマセ風)に阻まれて、9日間も足止めとなった。
 その後、漸く三厩を出港したにも関わらず海上でまたまた風に翻弄され、やむなく松前領吉岡(現北海道福島町)に着岸できた(寛政12年5月19日<西暦1800.7.10>)。
 北海道松前郡福島町の町議会は、このことを重く受け止め、伊能忠敬没後200年に当たる2018年、忠敬の銅像を建立することとし「町伊能忠敬北海道測量記念碑建設基金条例案」を6月21日に可決。
 基金は趣旨に賛同する全国各地の人から寄付金を募るとのこと。

2016年6月9日歴博でシーボルト日本図の原図発見の記事について

2016年6月8日読売新聞夕刊に、歴史民族博物館の青山教授らが、ブランデンシュタインのシーボルト家の史料調査の結果シーボルト作「日本図」の原図と思われる地図を発見した、という記事が掲載されました。青山教授は歴博にあったアメリカ大図の欠図2枚(34号35号)発見のとき共同発表者になっていただいた歴史地理の研究者であります。
私もブランデンシュタインシーボルト家の地図を探索(会報66号に掲載)したことがあるので、想起しながら、懐かしく記事掲載の九州輪郭図を拝見しました。私が撮影できたのは日本東半部だけでしたが、こういうやり方で、分割して何人かで分担すれば、日本特別小図を一晩で写すのも不可能ではないなと感じました。
それにしても、私が紹介した東日本図の房総半島、津軽半島、佐渡島などは形状が悪すぎる。今回の九州図も北部が腑に落ちない。
伊能特別小図に被せて敷き写したとすれば、もっと伊能図に近づいたのではないか。
7月の歴博の展示で疑問が氷解することを期待しています。

なにしろ、シーボルト日本図は大変有名ですが、持ち出されたその原図は発見されていないのです。数多くある伊能忠敬と伊能図に係わる謎のうち、話題としては最大のテーマかと思います。

2016.06.09. 伊能忠敬研究会名誉代表 渡辺一郎

2016年6月9日台命を蒙り蝦夷地に下向

 寛政十二庚申年 閏四月十九日、即ち、今から216年前の西暦1800年6月11日五ッ前(午前8時前)、55歳の伊能忠敬は、建前は蝦夷地の地図を作成でした。しかし本音は地球の大きさを計算するための基礎データである子午線1度の地表の長さを求めるため、江戸深川黒江町の隠宅を出立しました。その時の心境は測量日記の冒頭で「台命を蒙り…」と意気軒高でした。
測量日記冒頭
 一方、その110年前に同じ深川から忠敬より10歳も若い46歳の松尾芭蕉も奥羽行脚に出立しましたが、その心境は忠敬とは異なり、「月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也…。古人も多く旅に死せるあり。」と、悲壮感漂うものでした。
 これは、理系の忠敬と文系の芭蕉との旅立ちに当たっての立ち位置の違いなのかもしれません。

2016年6月5日伊能忠敬研究会設立20周年記念総会 記念座談会が開催されました。

 伊能忠敬研究会は、平成8年に設立し今年20周年を迎えました。
 その設立20周年を記念し、平成28年度総会と合わせて一般参加による公開行事(講演会)が静岡県熱海市の施設である起雲閣の集会場で6月4日に開催されました。会員の参加40名強、一般の参加者数も40名強と盛会裏に終了しました。
 公開講演会は
・伊能測量隊の伊豆測量(講師;渡辺一郎研究会名誉理事)
 座談会は
・伊能忠敬の人と仕事
  コーデイネーター;鈴木純子(研究会代表理事)
  パネリスト;
   斉藤 栄 (熱海市長)
   伊能 洋 (伊能忠敬家6代目次男)
   榎本 隆充(箱田良助隊員*榎本武揚子孫)
   木内 志郎(伊能忠敬大河ドラマ推進協議会会長)
  ※座談会の様子は、こちら

2016年5月11日伊能忠敬に関わるテレビ放送が5月17日(火)にBS11で。

「尾上松也の古地図で謎解き!にっぽん探究」に伊能忠敬が登場します。

1.日時:5月17日 午後9時~
2.チャンネル:BS11
3.古地図案内人:渡辺一郎(伊能忠敬研究会名誉代表)
4.ロケ地:伊能忠敬記念館(香取市)
      富岡八幡宮(東京深川)
      伊能忠敬隠居宅跡碑
      金王八幡宮(東京渋谷)
      源空寺<忠敬・高橋至時の墓>(東京浅草)
番組HP
 尾上松也の古地図で謎解き!にっぽん探究

2016年3月25日福岡市で伊能データベース説明会

 2016年4月18日 13:30~16:00 福岡市立中央市民センターで、当館館長渡辺、館員横溝が、伊能データベースに関する講演を行います。詳細はトップページのお知らせをご覧ください。

2016年3月15日人物DBご連絡一覧紹介

伊能測量旅程・人物全覧DBを公開してから、ご連絡をいただいた内容と当伊能忠敬e史料館のコメントを「人物DBご連絡一覧」公開しました。
 この他、お問合せなど多く寄せられ、その中から公開できる事項を選択しました。


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